2019年02月18日

190218 藤原東演 / 『仕事の迷いが晴れる「禅の6つの教え」』 読書グラフィ 今日読んだ本

読書グラフィ 今日読んだ本

★藤原東演 / 『仕事の迷いが晴れる「禅の6つの教え」』


●江戸時代の禅僧 至道無難(しどうぶなん)

「何事も修行とおも(思)いする人は

 身のくるしみは き(消)えは(果)つるなり」


●禅の修行とは、

 いつ、どこでも状況と一つになって

 主体的に生き切る「自分」を育てることだ。


 そのために座禅をして自己を探求することを

「静中(じょうちゅう)の工夫」と言い、


 作務をしながら自己と向き合うことを

「動中の工夫」と言う。


●相田みつを 「そのうち」


 そのうち お金がたまったら

 そのうち 家でも建てたら

 そのうち 子どもから 手が放れたら

 そのうち 仕事が落着いたら

 そのうち 時間のゆとりができたら


 そのうち ・・・

 そのうち ・・・

 そのうち ・・・と


 できない理由を

 くりかえしているうちに

 結局は何にもやらなかった

 空しい人生の幕がおりて

 頭の上に 淋しい墓標が立つ



●「牛車が動かなくなった。

  牛を打つか。荷物を載せる車を打つか」

  と問われて、馬祖は答えられなかった。


 牛と荷車を、一個の人間の中にある要素だととらえた。


 牛とは、私たちのパワーである。

 体力、気力、欲望などであろう。


 荷車は、私たちの能力である。

 知識や技術、経験、人間関係などであろう。


 牛を打つだけ、荷車を打つだけ、

 あるいは牛と荷車の両方を打つとか、

 そんなことをいくら議論してもむだなことだ。


「一体、打つ者は誰か」


 この問いこそ肝心である。

 打つ者は、ほかならない自分という人間である。


 その自分以外に、荷車を方向づける主体はあり得ない。


 馬祖は、そのギリギリのところを問われて、絶句したのである。


 牛や荷車を自分という人間以外のものだと見て、

 簡単に答える人が多いようだ。


 しかし、それは「人生の主人公は何者か」と

 探求して自覚する根本問題を忘れた態度である。


 実学は、仕事と学問を分けない。

 願心は、自分の持ち駒を総動員する。


 その時、意識されない「自分」が動いている。

 それを知るべきである。










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#読書
posted by ろむーん at 08:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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